デジタルデータソリューションの歴史

デジタルデータソリューションの歴史は、現社長の熊谷が、まだ社長ではなかった20代の頃に、データ復旧事業を自ら立ち上げたことから始まります。一事業部として、わずか社員5名のスタートからでした。

熊谷がデータ復旧事業を立ち上げたきっかけですが、当時、熊谷がWEBマーケティングのコンサル事業を任されていた時、非常に重要な顧客リストデータが壊れてしまい、営業の継続ができない状況に追い込まれたことがあったのです。

このままデータを失えば、会社の経営にも大打撃を与えてしまう。そんな危機の中、藁へもすがる思いで解決策を調べたところ、データ復旧できる会社があるということを知り、なんとかして復旧できそうな会社を見つけたのですが、その会社の態度が非常に横柄だったのです。

普段であれば絶対に取引しないような態度の会社です。それでも、その会社に復旧を頼まなくてはならない状況に疑問を感じながらも、結局は他の手段が見つからず復旧を依頼することになり、結果、データは見事に復旧しました。データが復旧した時、あれだけ横柄な態度だった会社に対しても、感謝の気持ちが芽生えたのです。その時、このビジネスの大きな可能性を熊谷は感じました。

本当に困っている人を救うことができる社会貢献性の高いこの事業で、もっとお客様の気持ちに寄り添って、お客様のことを真剣に考えられるビジネスモデルを自分達で創ることができれば、国内だけでなく、世界を相手に、非常に多くのお客様と社会の役に立つことができるのではないか。そう考えた熊谷は、データ復旧のことが全く何も分からないところ、まさに0から、データ復旧の事業を立ち上げたのです。

そこから、独自の創意工夫を繰り返し実行し、全速力、駆け足2年でデータ復旧業界にて受注件数・売上高日本No.1のシェアを獲得。そこから日本No.1シェアの座は、一度も他社に譲ることなく継続して獲得し続けているのです。このように、熊谷が事業責任者のデータ復旧事業は、着実に実績を積み重ね、技術のレベルもあげ、順調にお客様も売上も増えていたのですが、2014年に最大の試練を迎えます。
前社長の多角化経営の他事業がうまくいかず、会社が16億円の負債を抱えたのです。

熊谷は、会社を去り、高年収で他社にうつることも、既存のデータ復旧事業のメンバーを連れて新たな会社を立ち上げることも選択することができました。しかし熊谷は、これまで続いてきた会社の歴史と信頼とお客様をなくすべきではなく、データ復旧事業に集中しデータ復旧の技術を中心に更なる発展をさせていけば、会社を立て直せると決意し、熊谷は前社長から社長を引継ぎ、負債16億円の企業の代表として、民事再生を行うことを選択したのです。

熊谷は、債権者の方達に対し逃げも隠れもせず、必要があればすぐに駆けつけ会社の状況を全て公開し、説明しました。そこから、経営戦略を立て5年で負債を返済する計画を立てましたが、その計画を4年前倒し、わずか1年で16億円の負債を0にしたのです。まさにどん底から再生したのです。そのような危機を乗り越えたことで、困難に真正面から向き合える会社として成長することができました。

同時に、日本ベンチャーキャピタル、株式会社エスクリ代表取締役会長の岩本氏を株主に迎え、資本を増強し、数年後のIPOも視野に入れ、本格的な成長戦略を描くフェーズに突入しました。

資本増強は、あくまでデジタルデータソリューションビジネスで世界No.1を獲るための手段でしかありません。増強した資本は、私たちがよりデジタルデータの問題解決を行えるようにするために、人の採用・教育、技術の研究開発、設備、職場環境などに積極的に投資していきます。

私たちは、今後、より多くのお客様と社会の役に立つビジネスを創り続け、世界に対して貢献し続けていくことで、新たな歴史をつくっていきます。
私たちと世界No.1までの歴史を一緒に創っていく仲間との出会いを楽しみにしています。

私たちは、企業理念・事業理念に共感し、会社・自身を共に成長していける、そんな社員を積極的に迎え入れていきたいと考えております。