様々な背景を持つ役員のデジタルデータソリューションとの出会い。
波乱万丈な過去と今。
経営理念を改めて振り返ります。

左から:吉田大輔(DDR事業部取締役)熊谷聖司(代表取締役)上谷宗久(経営管理部取締役)谷内周平(DDF事業部取締役)

「困った人を助ける」という共通理念と言語。

熊谷:

負債総額16億。
当時、専務をやっていた私にこの会社を立て直してほしいという相談があった時、会社をたたんで、純託で新しく会社を設立した方が楽だといろんな人に言われたんですけど、選んだのは16億の借金を背負うことでした。従業員のこと、借金をしている人に返したいとか、いろんな思いがありましたね。
結果、みんなの頑張りで1年で16億円返しました、本当に大変でしたけど。
それでやっと経営が0からスタートってなった時、私が健康診断で引っかかって。
「左の腎臓に腫瘍がある、95%以上悪性。余命は3ヶ月。」
そう宣告された時、妻は妊婦だったし、会社もこれからって時で、意地でも治したくて死ぬ気で調べました。
当時、民事再生も終わって自社総額20億弱ありましたから、会社を売ってあと3ヶ月間、妊婦の妻と南の国に行くこともできたんですけど、この時に初めてお客様の気持が分かったんですよ。
データを失って会社が倒産するような状況、「このデータがないとやばい!」となって生きた心地がしない人の気持ちを初めて自ら経験して、すぐに会社に戻りました。
「この3ヶ月間は困った人たちのために一生捧げよう」
そう腹をくくりました。
結果、奇跡的に腫瘍は良性で命拾いをしましたが、あの経験から「困った人を助ける」という理念が確固たるものになりました。
そういった理念に共感してくれる人の集まりですよね。
「お金がいいから」、「スキルアップしたいから」、「出世したいから」をメインで掲げるのは違います。ビジネスだからもちろん利益を出すし、しっかり稼ぐことも大事だけれど、まずはこの理念に共感してもらえるかどうか。

上谷:

ここに共感してくれた人たちはやっぱり、定着率が高いですよね。

谷内:

そこにちゃんと共感した人たちが入っているし、メッセージとして会社が発信しているから、共通の認識、言語で「困った人を助ける会社」と掲げることができてますよね。

上谷:

2017年は9人、18年は22人、19年は24人が入って来る予定だから、もう半分が新入社員ですね。

熊谷:

困った人を助けるためだから、給料安くて良いわけじゃない。安月給で多く働けとは思っていないし、むしろ給料はしっかり対価として払う、そう経営者としては思っています。

デジタルデータソリューションとの出会い

吉田:

熊谷代表は20年くらい前に2、3年一緒に仕事をしたときがありました。15年ぶりに再会した時は、手術で顔の半分神経をとっていたので、動かなくなっていたんですよ。脳髄の病気をして、私も死を宣告された身でした。

熊谷:

「何がなんでも治す」という思いで闘病した吉田さんの強さが分かりました。だから役員として迎えいれたいと思いました。

吉田:

今までやってきた仕事はあまり人に喜ばれない仕事だったんですよね。 数字あげている人が全てという考えの会社にいました。
金融や大手のベンチャーで営業もしました。とにかく数字を達成したら神、そんな考え方の会社ばかりでした。結果は出していたので立場はあがっていきましたが、無理をして売るのでクレームもたくさんきました。でも数字達成しないと食べていけないし。部下にもそれを求めなくてはいけない、そしてお客さんも不幸になる。そんなネガティブな循環に疑問を持ち始めていたころ、久しぶりに熊谷代表と連絡とりました。
最初は広告出稿の相談でしたが、そこからよく食事行ったりしているうちに、熊谷代表の「困っているお客様を一人でも助けたい」という理念に私は共感をしました。
自分もそうでしたけど、大学生は仕事をする上で「何を大切にするか」を一番に考えて欲しいと思います。お金もスキルも大事だけど、一番は仕事のやりがいだいだと思います。
この会社は、お客様からお礼の手紙やお菓子をたくさんもらいます。喜んでもらって泣いていただくこともある。

熊谷:

本当、毎日もらいますよね。

吉田:

だから今、本当にこの会社でやりがいを感じています。

谷内:

私は2000年~2010年までこの会社にいて、一回辞めています。
熊谷代表には何度も助けられていたから、恩を返したいと思って戻りました。
2002年に本当に会社が苦しい時があったんですよ。

熊谷:

当時は本当に大変でしたね。

谷内:

なんとかその時期を乗り越えて、そこから会社が成長して右肩上がりで、熊谷代表はデータ復旧の事業を立ち上げて、私は他の事業部を立ち上げました。けど、私の事業部は毎月1000万近い赤字で、その時データ復旧事業が1年間補填してくれました。その時もなにひとつ文句言わず、、、。ずっと助けられてばかりでした。
一度5年前に会社を辞めたけれど、 2016年にこの会社に戻りました。

熊谷:

谷内さんはとても真っ直ぐな人なんです。
最後まで何があっても逃げずに努力をしていた姿を見て、この人は何があっても一緒にやってくれると思ったんです。素晴らしい経営者マインドの持ち主です。

谷内:

熊谷代表の「困った人を助ける」という理念は母に教わった言葉と繋がっていて、点と点が線で結ばれました。
子どものころ母親に、
「どれだけの人に、“あなたのおかげで私は救われた”と言ってもらえるか、それが人としての価値だ。」
「死んでも財産はもっていけない、どれだけの人にそう言ってもらえるかが本当の価値だ」
と教わりました。これが熊谷社長の言っていることと繋がっていたので、全身全霊注いで、尽くしていこうと思いました。
今は、昔と全然違ってすごく楽しいです。前は何をベースにやってたんだろう。どうしたら自分たちが食べていけるか、利益を出せるか、そればっかり考えていた気がします。

熊谷:

昔はあまり余裕がなかったですよね。

谷内:

やっぱり理念ないって、どこを目指しているか、何を目指しているか誰も分からなくなっちゃうんだと思うんですよね。でも今は共通していて同じ方向を向いているから、団結ができるんでしょうね。

上谷:

もともと私は半導体や研磨剤をつくっていた製造メーカーで働いていました。9カ国21拠点見ていて、各国で会社を買収したりと、飛び回っていました。そのうち、過労で飛行機にも乗れないほどの閉所恐怖症になって、最後は電車にも乗れなくなってしまいました。そのことをきっかけに、転職を考えました。
当時いろんなところからオファーは来ていたのですが、次の職場を決めるにあたって初めて、家族に相談したんですよ。条件をみると、正直この会社は一番悪かったです(笑)

熊谷:

ベンチャーだしね(笑)

上谷:

でも家族はここがいいんじゃないかと薦めたんですよ。私の身体も気にしてくれていたし、何より世の中のためになる、人のためになることをやっている会社だと。
経営視点からみて、無形のサービスですし、前職のような製造業に比べ在庫を抱えるリスクがない。 それ以上に、必要とされているから営業する必要もないし、実績は十分にある。
その時DDSはサービスの立ち上げで、社内は仕組みも何もなければ正直ごった返してました。 自分がやってきたことがここで役に立つなら、と思い入社を決断しました。
入社して、この会社の技術の凄さは私自身が体験してよく分かりました。
親戚や友人、取引先にデータ復旧の相談が毎月ありますが、ものの2時間ほどで復旧します。今のところ100%。自分自身も子どもの写真とか全部なくなってしまって、それもすぐに復旧してくれました。改めてうちの会社すごいと思いました。
あともうひとつ凄いことが、当社の採用で、20人の枠に対して1,200人くらいの応募があります。
以前勤めていた製造会社は、5人来たら5人とるしかない、そんな状況でした。大手とか売上規模とかそういうところではない魅力がこの会社にある、そう思っています。

熊谷:

お酒を飲みながら話せば本当に朝までかけても語り尽くせないほど、いくらでも話はでてきますよね(笑)

皆さんの過去のエピソードをはじめ、
濃く素晴らしいお話をいただき
ありがとうございました!